ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐
二章 激闘!武闘祭(なかまに なりたそうに こちらをみている!)
【第10話】  闘技場の土が風にさらわれ、舞った。  円形の闘技場は分厚く高い壁で囲われていた。壁の向こう側の客席は興奮のるつぼだった。  入場した勇者《おれたち》に獣じみた声援が飛ぶ。  対戦相手も勇者だが、俺に緊張はなかった。もちろん油断はできないが、俺の勝ちは動かないだろう。自分でいうのも何だが、俺は勇者の中でも強いほうである。前にもいった通り、勇者は大別して大団円型と悲劇型の二つに分かれるのだが、二つのタイプのうち、強いのは悲劇型のほうなのだ(無論、例外はある)。  審判の宣言とともに試合は始まった。ちなみにルールは何でもあり。相手を失神、死亡させるか、ギブアップさせれば勝ちである。  相手は様子を探るように軽く剣を振った。武器は派遣協会が用意したものだ。剣、刀、槍、斧、鎚の中から選ぶ。俺も対戦者同様、剣を選んでいた。  いつもなら、多少は相手にも見せ場を作ってやったり、試合を盛り上げるのだが(歓声が気持ちいいのよ)、今回は事情が違う。俺には武闘祭に便乗したある計画がある、余分な体力は使いたくない。俺は、相手の牽制攻撃に構わず突進した。  相手の剣を斜め上に跳ね上げると、そのまま袈裟懸けに切り下ろした。  一閃の後、相手は吹っ飛んでいった。  客席に向かって飛んでいく。悲鳴があがったが、客席に被害はなかった。魔法の障壁が見えない壁となって、飛来した勇者の体を防いだのだ。  この円形闘技場も収容所同様に対勇者《おれたち》用の仕掛が施されていた。今の魔法障壁もその一つだ。ただ闘技場と収容所の防護装置は根本的に設計思想が違う。収容所のものが、俺たちの力を封じ、俺たち無力化するというものに対し、コロシアムは俺たちの力は封じない代わりに、俺たちの力を防ぐ魔法の防御壁をつくるというものだった。  あっけない結末に場内は一瞬、静かになったものの、その後、割れんばかりの拍手が俺を包んだ。俺は手を挙げてそれに応えた。  VIP席を見ると、ふしょうぶしょう嫌そうな顔しておざなりに拍手をしている奴がいた。どこのどいつだ、と思ったら、それはクライネシュマルクの女王ディトリンデだった。  ディトリンデはあの後、王位を継ぎ今や陛下と呼ばれる身分になっていた。それにしても、まだ怒ってるのか。ちょっと建物壊したくらいで。  大体、VIP席のチケットは俺が送ったものだ、それでチャラでいいだろ。武闘祭のVIP席は超人気《プラチナ》チケットで本来なら、たかだか小国の王ごときに手に入る代物じゃないっていうのに。  ディトリンデ以外の客がほとんどが俺に拍手を送る中、一般席の女が一人悲痛そうな顔をしていた。そんなに俺が勝ったのが気に食わなかったのかと一瞬思ったが、これは俺の早とちりのようだった。女の視線は倒れた対戦相手に向けられていた。対戦相手は救護班の手当てを受けている。女は対戦相手の知り合いなのだろう。ひょっとしたら恋人、もしくは妻かもしれない。  収容所に世間と隔絶されて生きる勇者たちだが、そんな勇者にも家族はいる。生まれた時は勇者ではない、もしくは勇者と気づかれない、といったケースは決して珍しくない。こうした場合、大抵、少年期の終わり頃から青年期の初めに何かのきっかけで勇者として目覚める、もしくは隠していたのが発覚し、お縄、じゃなくて派遣協会に保護される。  当然、派遣協会に保護されたからといって、家族関係が無くなるわけではない。まあ、勇者に恐れをなして家族関係が崩壊するケースもままあるみたいだが。  だから、ほとんどの勇者には親もいれば恋人もいるのだ。中には、子どもがいる奴だっている。  え、俺はどうかって?ほっといてくれ。ノーコメントだ。  ちなみに、収容所において家族や恋人との面会は自由である。というか実は、誰でも勇者には会える。身体検査が必ず行われるが、収容所には誰でも立ち入れるのだ。もっとも、家族以外で恐怖の対象である勇者に会おうとする人間などいないだろうが。