一章 邪悪な魔道士
(おお しんでしまうとは なにごとだ!)
【第5話】
中に入ってきたのは数人の男たちだった。
揃いのケープとチュニックを身にまとい、腰にはこれもまた揃いのロングソードを佩いている。装備が揃えられているということは、正規の騎士団だろうか。
ディトリンデを見ると首を振っている。ディトリンデに覚えはないということは……。
俺の予想は当たった。一団のリーダーらしき男が、店の主人から金を受け取っている。ショバ代ってやつだな。金を受け取った男は大仰にうなずくと、我らが偉大な魔道士に感謝を忘れるなよ、といった。男たちは新体制の騎士団だった。
旧体制、つまりはディトリンデの親父さんが治めていた時も似たような輩はいただろう。権力をかさに好き放題やる奴はどこにでもいるのだ。
だから、俺はとくに何も思わなかったんだが、ディトリンデは違った。眉間にしわを寄せて、男を見つめている。まずい、今はまだ騒ぎを起こすのは早い。
「おい、騒ぎは起こすなよ」
「何でよ、どっちみち魔法使いは倒すんでしょ。だったら、ここでケンカ売ったっていいじゃない」
いかんな。すっかり好戦的になっていやがる。
「いや、今は時期尚早だ。というかな、おまえには説明しそびれたんだが……」
俺の言葉をディトリンデは最後まで聞かなかった。
「あんた、いい加減にしなさいよ!」
叱責は俺に向けられたものじゃなかった。
騎士団の一人が店員の娘にしつこく絡んでいたのだ。
あぁ〜、なんだ貴様、騎士団の男がこっちへやって来た。
ここは穏便に済ますに限る。俺が揉み手をして愛想笑い浮かべた時、ディトリンデが剣を鞘走らせた。だから、早いって。
剣の一撃を受け、男はその場にうずくまり、きき貴様と呻いている。
ディトリンデは刃がついていない、剣の平で男を殴打したのだ。
騎士団の男たちは色めき立ち、ディトリンデを取り囲むようにすると剣を抜いた。
「謝るなら今の内だぞ、小娘一人相手に大人げないことはしたくないでな。だが、非礼を詫びぬとあれば……。子どもに礼儀を教えるのもまた大人の務めなのでな」
俺は謝る気マンマンなんだがなあ。
「笑わせるわ。小娘相手に大勢で囲む。小さな店に金をたかる。やってることはちっとも大人じゃないわよ。それとも自分のしてることがわからない低脳だったかしら。だったら、ごめんなさい、謝るわ。バカに人並みの態度を求めた私が悪いもの」
いやあ絶好調ですな、姫様。……俺は知らんぞ。
「貴様ァ!!」
案の定というか何というか、男たちは顔を真っ赤にして、ディトリンデに襲いかかってきた。
だが、ディトリンデの敵ではなかった。
五分後、男たちは捨て台詞を残し、店を出て行った。
ふん、と勝ち誇ったような顔のディトリンデに俺はいった。
「おい、逃げるぞ」
「何でよ。このままの勢いで王宮に乗り込むわよ」
ディトリンデは一気に決着をつけるつもりだった。確かにディトリンデの自信のほどはわかる。
ここに来るまでの旅での成長は目を見張るものがあった。道中のモンスターや野盗を撃退する手際の良さは、回数を重ねるごとに飛躍的に上昇していったのだ。ディトリンデはもはや一流の戦士だった。
だが、おかげで俺たちは予定より早くここに着いちまった。本当なら俺たちはもっと遅くに着かなくてはいけなかったのだ。その辺りの事情をディトリンデは知らない。
何と切り出そうかと、俺が迷っているところにディトリンデはいった。
「さあ、行くわよ。謀反の魔法使い相手なら、あんたも勇者として本領が発揮できるんでしょう?」
最後くらい役立ってもらうわよ、とディトリンデは怖い笑みを浮かべている。
「それなんだがな」
「なによ」
う、怖い。
「俺に施された処置は、前に説明した種族制限《しばり》じゃないんだ。俺に施されたのは時間制限《タイマー》なんだ」
今回の目的は謀反を起こした宮廷魔法使いを倒すことである。
つまり標的は人間、人族なのだ。
そもそも種族制限《しばり》を入れるのは人間に危害が及ばないようにするためである。それゆえ標的が人間の時は人族|種族制限《しばり》をするのは全く意味がない。しばったところで肝心の人間には好き放題、力を振るえるのだから。
そのため、人間相手の時はまた違った処置を施す。それが時間制限《タイマー》だった。
これはその言葉通り、ある一定の期間だけ、勇者の力が解放されるようにしておく処置である。
「ということは、あんた、そのタイマーが発動する時にならない限り、どの種族に対しても弱いままってことよね。実質、ただの凡人を一人で派遣するなんて……。任務の途中で殺されたりする可能性は考えなかったのかしら」
呆れたようにディトリンデはいった。
「そこらへんも考えて、俺が選ばれたんだよ」
俺は少し誇らしげにしていった。俺には勇者の中でも珍しい能力があったのだ。それゆえ、俺が失敗する確率はかなり低い。
「まさか、逃げ足を買われたわけじゃないわよね」
くそ、そんなんじゃねえよ。過酷な道程は可憐なお姫様を皮肉屋に変えてしまったようだ。
「ともかく、私たちは、そのタイマーが発動するのを待たなきゃいけないわけね」
ディトリンデはため息をついた。
「それで、それはいつなの?」
「……日後」
「は、聞こえないんですけど」
こちらを威圧するようにディトリンデは睨んだ。
俺はため息をついて、ディトリンデにそっと耳打ちした。
「ハアアァ!?」
ディトリンデの声が辺り一帯に響き渡る。わ、バカ、叫ぶ奴があるか、騒ぎを大きくしてどうする。
慌て制止する俺に構わず、ディトリンデは更に大声で叫んだ。
「あと二十日後ですって!!」
ディトリンデは俺の胸倉をつかみ、腕を震わせている。
「いやあ、おまえがこんなに強くなるとは思わなかったんだよ。おかげで旅程が早い早い」
気落ちした様子のディトリンデを俺は励ました。
「でも、いいじゃねえか。辿り着く前に時間制限《タイマー》が発動するよりかは。そしたら目も当てられねえぞ」
ま、そういうことも考慮して、遅めの時間制限《タイマー》にしたわけなんだが。
「大体、何であんた、もっと早くそのこと……」
「おい」
「何よ、いいわけなんか聞きたくないわよ!」
「いや、後ろ」
食堂の扉をあけて、兵士があらわれた。
大剣の唸りに数人の兵士が吹っ飛んだ。
ディトリンデが怒りの一撃を迫る兵士にかましたのだ。怒りの原因は俺にあるのだけど。
それにしても荒れ狂うアマゾネスもとい、ディトリンデは強かった。きっと、祖国に帰ってきて一層奮起したんだな、うん。
俺たちは食堂を飛び出た。食堂は街の広場に面している。
広場はすでに大勢の兵士で囲まれていた。
よく考えりゃ政権交代してまだ一年もたっていない政情不安の国だ。ちょっとした騒ぎにも素早く治安部隊が大挙するのは当然だった。
敵はすでに包囲を完成させている。魔法使いのところに乗り込むにしろ、逃げ出すにしろ、とりあえずは目の前の敵を突破するしかなかった。攻めの一手しかない。
「行けい、ディトリンデ」
「あんたね……」
俺に命令を下されるのは、さぞかし不本意だったに違いない。だが、今はそれより手はない。
ディトリンデは兵の一団に突っ込んだ。俺もディトリンデを盾にするようにして後に続いた。
迫る槍をはじき、流し、そしてかわす。そして、すれ違いざまに剣撃を叩き込む(ディトリンデが)。
包囲網は厚く堅固だった。
だが、ディトリンデは密集隊形の弱い箇所を正確に見つけると、そこへ切り込んでいった。
突破が成功するかと思ったその時、空に人があらわれた。