ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐

五章 闇より来たるもの
(いやー さがしましたよ。)
【第31話】  「炎刃・鳳翼陣!!」  俺の大音声が地下空間に響き渡った。  決まった。  俺の必殺技に魔王は膝をついた。  白服は体勢をくずし、必死に魔王の角にしがみついている。  「ま、まさか、貴様、勇者だったのか!?」  はっ、ようやく気づいたか。  「し、信じられん・・・・・・」  白服は震える声でいった。まだ信じられないようだったが、結局納得したようだ。  白服はいったのだ  「だが、恥ずかしげもなく技の名前を叫ぶとは・・・・・・本物か!」  どこで判断してるんだよ。確かに意味なく必殺技の名前を叫ぶのは、勇者の習い性ではあるが。  勝負の行方はすでに見えていた。この勝負は俺の勝ちだった。  勿論、楽勝ってわけじゃない。現に、今も必殺技を決めたというのに、魔王は倒れてはいない。魔王の攻撃だって凄まじかった。まともに食らっていたら、俺だって危なかったかもしれない。だが、俺は魔王の攻撃に先んじて、有効な防御策を取っていた。まるで、あらかじめ魔王の攻撃がわかっていたかのように。いや、俺にはわかっていたのだ。魔王がどんな攻撃をしてくるのか。  魔王は膝をついたままだ。魔王の限界、というよりかは操っている白服の限界だった。ことごとく攻撃をかわされ、心が折れていた。よしよし、そのままおとなしくしてな。  俺は最後の止めを刺すべく、構えた。  辺りをつんざく絶叫が響いた。  物凄い音量だ。思わず耳を手で塞いだ。  魔王が吼えていた。魔王の咆哮に呼応するかのように、魔法陣が輝きだしている。地下の床の魔王召喚の魔法陣だ。  魔法陣が眩い光を放った。一際明るい閃光を放つと、魔法陣は輝きを失った。それだけではない。魔法陣が消えていた。床に描かれた複雑な図形が洗い流されでもしたように消えていた。  何する気だ。俺は白服を見た。  だが、白服は顔を真っ青にして泡を食っている。どうやら奴にとっても想定外の出来事らしい。何が起きるっていうんだ。  答えはすぐに出た。  うずくまっていた魔王は、自分の肩に乗っていた白服を掴むと、そのまま握り潰した。  声を上げる間もなく白服の男は死んでしまった。  顔を上げた魔王の瞳には光が宿っていた。意思が宿っていた。  俺は了解した。  魔王の肉体に魂が戻ったのだ。  もともと肉体だけの召喚、というのが技術的に無理なものだったのか、それとも人間ごときの技では魔王の肉体と魂の結びつきを完全に経つことができなかったのか、正確なところは不明だが、魔王の肉体に魂が戻ったことだけは確実だった。  魔王は怒りの声を上げた。おおよその事情は理解できたんだろう。卑小な人間ごときにいいように使われ、魔王様はいたくご立腹の様子だ。  こっちを向いた。俺の頭からつま先まで値踏みするように眺めた。  「いっとくけど、俺のしわざじゃねえぞ」  俺はとりなすように魔王にいった。あれ、そうでもねえか、負っている傷は俺のせいか。魔王にはなしかけた俺だが、返答を期待していたわけじゃなかった。そもそも偉大な魔王様には人間なんぞ路傍の石も同然だろう。だが、俺の予想は裏切られた。  「わかっておるわ。貴様なら斯様な回りくどい真似はするまいよ。久しぶりだな人間よ」  魔王は応えた。人間の言葉だ。深い底なしの闇をたたえた瞳が、俺を見つめていた。  「お、何だ。憶えてたのか」  俺はちょっと照れたようにいった。  「忘れるわけがあるまい。我を倒したものの顔を」  魔王はいった。  さっき、俺がこの魔王の攻撃を安々と見切ったのも道理、俺は前にこいつと戦ったことがあったのだ。  「で、呼んで来てもらったとこ、なんだけど、早々に退場してもらうぜ。俺は俺で時間がないのでな」  俺は構えた。旧知の仲とはいえ、俺には旧交を温める気はない。ここは本来、闇に生きるものがいるべき場所ではないのだ。  魔王も構える。  魔王も自分のダメージはわかっているだろう。勝手に召喚されて、気づいたらボロボロで勝ち目のない勝負をしなくちゃならんとは。俺なら文句の一つもいっただろうが、魔王は不平をいうことはなかった。さすが豪気だな。  俺は地を蹴り、突進した。  そして、俺の一撃に魔王は倒れた。  魔王の肉体は、徐々にその色を薄くし透明になっていった。  死ぬのではない。本来の居場所である闇の世界へ帰っていくのだ。  「さすがだな。人間よ。わしに二度も勝つとは」  魔王の思わぬ世辞に、俺はいい気分になった。だが、最後の一言は余計だった。  「それにしても、貴様・・・・・・太ったか?」