ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐
二章 激闘!武闘祭(なかまに なりたそうに こちらをみている!)
【第14話】  さてと、ここからが本番だ。  三山武闘祭は決勝トーナメントに入り、いよいよ佳境だ。闘技場内の熱気はいやがうえにも高まっていた。本選に出場を果たした十六名の名前が読み上げられていく。  お、俺の番だ。俺は軽く手を挙げ歓声に応えた。続いて、ランプレヒト。さっきのチンピラ然とした顔はどこへやら、爽やかな笑顔を客席へ振りまいている。歓声にも両腕を高く上げ、大きく振る。歓声はますます高まった。さすがというべきか、一応は大団円型勇者だけあって、ランプレヒトの振る舞いは大衆を魅了した。もっとも、これで裏の素顔は全然違うから嫌われるんだが。  選手の紹介が終わり、俺たちは闘技場の端にある選手用の席に着いた。  ここから先は試合間隔が短い。試合ごとに、出場勇者の能力を封印したり解除したりするのは手間と時間がかかるため、俺たちは封印が解かれた状態のまま闘技場内で自分の試合を待つことになる。ここから先は本選の選手は大会が終わるまで闘技場内にとどまるのだ。  さっきもいったが、イレミアスみたいな特殊な例を除いて、本来は勇者の力を封印する魔法はかけるのも、それを解除するのも大変なのだ。  俺の出番は第二試合だ。ランプレヒトは俺のすぐ後、第三試合だ。お互い順調に勝ち抜けば、準決勝で顔を合わせることになる。  最初は、もしランプレヒトと試合で戦うことになったらケチョンケチョンにしてやる、とか思ってたが、それはやめた。ランプレヒトとの対戦が実現するのは準決勝だ。俺としてはベスト4までに残ればいいのだ。それ以上は無駄な体力を使いたくはない。勝ちを譲るとしよう。ただランプレヒトの勝ち誇った顔が癪に障るのは確実で、それを思うと憂鬱になる。何、ほんの数時間の辛抱だ。ここを脱出したなら二度と会うことはないのだろうから。  大体、ランプレヒトが準決勝に残れるかどうかはだいぶ怪しい。ランプレヒトは大団円型ということもあって、大して強くはない(それでいて人望もないんだからな)。一回戦突破すら難しいだろう、俺はそう思っていた。  一際、大きな歓声が上がった。歓声に応えるようにランプレヒトは剣を右手に掲げ、高々と突き上げた。  一回戦、二回戦と順調に勝ち抜き、準決勝に進んだ俺だったが、何と準決勝の相手はランプレヒトだった。俺の予想に反し、ランプレヒトも勝ち進んだのだ。  しかも一回戦と二回戦ともに大逆転のすえの勝利だったもんだから、今やランプレヒトは人気者だ。  歓声は黄色い声に混じって、低く野太い声も聞こえる。こちらは声に逼迫した感じがある。おそらくはランプレヒトになけなしの金を賭けてでもいるんだろう。ランプレヒトは今大会のダークホースだ。ここまで善戦するとは誰も予想できなかったに違いない。大会の優勝者を当てる賭博でのランプレヒトの配当率《オッズ》は確か百倍を超えている。万勇券てやつだな。そりゃ応援する声にも熱が入ろうというものだ。  本来なら優勝候補筆頭の俺が、貧乏人どもの薄汚れた夢を破るところなんだが、今回はそうもいかない。俺は怪しまれない程度に戦ってから負けるつもりだ。良かったな、おっさんども。俺は客席の目が血走った親父どもに微笑んだ。  ランプレヒトが爽やかな笑顔で近づいてきた。表面上は紳士を振舞おうというのだろう。試合前にお互いの健闘を称えるふりをする気だろう。というか、どうせ奴のことだ。観客には聞こえない声で俺を罵るに違いない。ああ、好きにするがいいさ。こっちは脱走という大仕事が控えている身だ。そのことを考えるとランプレヒトなんかどうでもいい。今の俺は、ランプレヒトに何をいわれても気にしない自信がある。  ランプレヒトが手を差し出した。しょうがないので握り返す。  ランプレヒトは顔を近づけた。む、来る。  「で〜ぶ」  「・・・・・・・・・・・・てめえ、ぶっ殺すぞ」  俺は思わずランプレヒトの胸倉を掴んだ。  試合が始まった。俺は血が昇った頭を必死に冷やした。落ち着け、落ち着け。俺はこの後、脱走するんだ。こんなところで無駄な体力使ってる場合じゃない。  目を閉じ、息を吸って吐いた。  目を開けると、ランプレヒトがこちらを見て笑っている。  口が「でぶ」の形に動いた。  てめえ、俺は突進した。とりあえず負けてやるにしろ、ランプレヒトに一撃キツイのを見舞ってからだ。俺はそう心に決めた。  だが、俺の怒りの一撃はやすやすとランプレヒトに防がれた。  んな、ばかな!?  ランプレヒトごときにあっさりと防がれるほど、俺の攻撃は安くない。最初《はな》から負けるつもりでいったのが、よくなかったか。俺は気合を入れなおし剣を振るった。  目にも止まらぬ三段突き!  だが、やはり俺の斬撃はランプレヒトの剣に阻まれた。というか、ランプレヒト、速い!  ランプレヒトの反撃!  ランプレヒトの攻撃は重く速かった。俺はかろうじて防いだ。  俺の唖然とした顔をランプレヒトはにやにやしながら見つめている。  俺は距離を取った。冷静になってみる。  やはりいくら何でもおかしい。  別に俺はランプレヒトが大団円型勇者だからって侮ってるわけじゃない。大団円型の中にも実力者はいるし、勇者だって人間だ、努力すればその分、強くなる。事実、最初は弱くても努力に努力を重ねて一人前の勇者になったやつだっている。  だから、俺のランプレヒトへの評価は奴を間近で見てきた人間による偏見抜きの評価だ。  ランプレヒトとは同じ収容所で残念なことに付き合いも長い。同じ任務に合同で派遣されたことも何度かある。ランプレヒトの実力は俺が一番よく知っている。断言しよう、ランプレヒトは大した勇者じゃない。しかも努力らしい努力もしてないはずである。そのランプレヒトがこの俺を圧倒するとは!  混乱する俺には闘技場を揺るがすかのような大歓声も遠くに聞こえる。ランプレヒトのえせ勇者ぶりにあがる嬌声。大金を突っ込んだであろう焦燥した怒号。・・・・・・待てよ、こいつはひょっとして・・・・・・。  俺は一つ深呼吸して、円形闘技場を見渡した。いや、具体的に何かを見つけようとしたわけじゃない。ただ、落ち着いて物事を俯瞰しようと思ったのだ。  武闘祭では優勝者を当てる賭博が行われている。派遣協会が取り仕切る公式なやつの他にも非合法なものもあり、動く金は莫大だ。もし、人気のない勇者、つまりは配当率《オッズ》の高い勇者が優勝したなら、そいつに賭けた人間は一夜にして巨万の富を得ることとなる。  俺はランプレヒトをねめつけた。  このやろう、不正《ズル》してやがるな。  買収されたのか、それとも優勝の栄誉が欲しかったのか、そこらへんはわからないが、ランプレヒトは不正を働き優勝しようとしている。  そう、ランプレヒトは何らかの方法で自らを強化しているのだ。無論、これはルール違反だ。薬か魔法による強化《ドーピング》?・・・・・・違う。闘技場に入る前には力の封印を解くこともあって、五人の管理官による入念な身体検査がある。ランプレヒトの不正に協力する人間はいるにしても一人か二人だろう、五人もの管理官がグルになっているとは考えづらい。闘技場に入ってからも、ランプレヒトは特におかしな真似はしていなかった。  ということは、武器か!  俺たちの使う武器は派遣協会が用意したものだ。武器による優劣が勝敗を左右しないよう、ごく普通の鋼鉄製の武器が用意される。今、ランプレヒトの手にあるのも平凡な鋼の剣だ。だが、これは見た目だけのことなのだろう。平凡な武器に見せかけた特殊な剣をランプレヒトは使用しているに違いない。  予選では、出場勇者は各試合が始まる前に武器を受け取り、試合が終わるとその都度武器を返す。本選では、初戦の前に武器が渡されるが、試合間隔が短いこともあって、いちいち返却はせず、大会が終わるまで持ちっぱなしである。一つの試合が終わるごとに武器を交換してもルール上は問題ないが、実際にそうすることはほとんどない。交換するのは武器の破損が著しいときぐらいである。  なので、武器を渡すのは一度きりだ。俺は具体的には知らないが、派遣協会も不正を防ぐ手立ては取っているはずだ。だが一度だけなら、その監視の目をくぐり抜けることも不可能ではあるまい。  ランプレヒトが突進してきた。雄叫びとともに突きの構えを見せた。  確かめるとするか。  俺は、ランプレヒトの猛烈な突きに防御が間に合わない、ふりをした。  客席から、悲鳴があがった。  俺の体はランプレヒトの剣に貫かれていた。剣は深く、俺の体に刺さっている。  俺は受けたダメージで思わず自分の剣を取り落とした、ふりをした。  俺は芝居気たっぷりに、ガハッと血の泡を吹きよろめいた。  ランプレヒトは俺の体に刺さった剣を抜こうと必死だ。目の前に俺が落とした剣があるにも関わらず。  決まりだな、俺は思った。  いくら勇者としては大したことがないといっても、ランプレヒトも素人じゃない。自分の武器に必要以上にこだわるなんてプロのすることではないのだ。本来なら、刺さった武器には見向きもせずに落ちた武器を拾って攻撃するだろう。ちなみにルール上は相手の武器を奪ってそれで攻撃しても全く問題はない。  ランプレヒトはまだ必死で武器を引き抜こうとしていた。あほう。俺は筋肉で締め付けている。おまえなんかに抜けるか。  俺は侮蔑の表情を浮かべ、ランプレヒトを突き飛ばした。  吹っ飛ぶランプレヒトを尻目に俺は落ちていた自分の剣を拾った。  ランプレヒトの顔がそれはもう見事なくらいに真っ青になった。そりゃそうか。頼みの特製の剣は俺の手に渡った(正確にいえば、刺さってるんだが)上に、自分は無手なんだから。  さて、どうするか。  今回の不正はランプレヒトの発案なのか、それとも他に黒幕がいるのかとか色々、ランプレヒトには訊きたいことがたくさんあったが、それは後回しだ。試合が終わった後に聞くとしよう。  俺は体に刺さった剣を引き抜き、軽く振った。ふーん、確かにいい剣だ。というか、かなり凄い。  持っているだけで力がみなぎってくる。魔法で一時的に強化されてるわけじゃない。剣身《ブレード》の部分だけ、名のある剣のものとすり換えたようだ。ひょっとして、こりゃ伝説級の武器かもしれない。  畜生め。  俺は怒っていた。別に不正を許せなかったわけじゃない。ただ、ランプレヒトごときがちょっと強い武器を持っただけで、俺に勝てるとか思ったのが許せなかったのだ。  俺の不死身の肉体はすでに傷の修復を終えている。俺は抜いた剣を、その伝説級の強さを持つ剣をランプレヒトのほうに放り投げた。  俺のフェアプレイの精神に感銘を受け、コロシアムはこの日一番の歓声に包まれた。  アホが。そんなんじゃねえよ。調子こいた奴にはきっちりわからせてやる、俺の本気の本気ってやつを。この時の俺の頭には脱走計画のことはない。  格の違いを見せつけてやる!  さすがに長年の付き合いだ。俺の意図を正確に把握したらしい。  ランプレヒトは、武器が戻ったにも関わらず、さっきよりも顔を青くして震えている。  安心しな。殺しはしねえよ。俺は一気に突っ込んだ。