ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐

一章 邪悪な魔道士
(おお しんでしまうとは なにごとだ!)
【第8話】  「聖光十字断!」  俺は叫び、大地に拳を突きたてた。  光が辺りをまばゆく照らし、大地は揺れ、十字に亀裂が入った。神官が唱えたのと同じく神聖属性の攻撃だが魔法じゃなくて物理攻撃だから、これは誰にでも効く。  攻撃に周りにいた奴は吹っ飛んでいった。起きぬけで適当に放ったもんだから、俺の必殺技は肝心の魔道士には当たらなかった。まあいい、取り巻きは倒した。  正直に言えば、例の魔道士以外は誰が敵なのかはわからない。だが、こういう時はとりあえずブッ飛ばしておくのが鉄則だ。ちなみにさっき技の名前を叫んだことに特に意味はない。勇者の習い性ってやつだな。どうも、勇者というのは何かを叫びながらじゃないと、攻撃できないらしい。かの三十四人時代では、いついかなる時でも耳をすませば、遠くに勇者の雄叫びが聞こえたという話だ。  空は青く、雲一つないというのはいい過ぎだが、快晴だった。青天の下、例の魔道士もディトリンデも、いやその場にいた誰もが呆けていた。  勿論、さっきの俺の一撃を食らって前後不覚になってる奴も大勢いたが、そうでないものもただ呆気に取られていた。  そりゃ驚くだろう。邪悪な死霊が神聖呪文に何ともなかったどころか、神聖系の攻撃をしてきたのだから。  「勇者だと?」  「勇者なの?」  魔道士とディトリンデ、二人の口から同じ言葉がもれた。  そうもしている内に、屍同然だった俺の体はどんどん再生していった。  あ、やばい。墓場から急いで直行したから、俺は真っ裸だ。一応、これでも恥じらいはあるのだ。  俺は呆けたままの魔道士を殴りつけ、マントを剥ぎ取った。  い、痛い、と呟く魔道士を尻目に俺はマントを体に巻きつけた。同時に体も再生を終えた。  「あんた!」  ディトリンデは叫んだ。ディトリンデの目には、長い旅をともに過ごした頼りになる相棒の姿が映っているはずである。  「よう。ギリギリだったが何とか間に合ったか。さすがに離婚者《バツイチ》にするのは気が引けたんでな」  「き、きき貴様!死んだはずでは!?」  魔道士は驚愕の表情を浮かべた。無理もない。自分が殺したはずの男が目の前に立っているのだから。  「ああ、確かに死んだ。だが時間制限《タイマー》が解けたからな。今の俺は勇者なんだぜ」  あの時、俺が魔道士に殺された時から数えて、今日はちょうど二十日後だった。  「そんなことがあるか!貴様は燃え尽きて骨になったではないか!幾ら勇者だからといって、生き返るなどと……。そんなふざけたことがあるか!!」  魔道士は絶叫した。  「確かに死は誰にも等しく降りそそぐ。そして、一度、訪れた死から復活することはできない。例え、勇者といえども」  「で、では、何故?」  「だが、禁忌型の勇者は別だ」  「?」  「どういうことよ?」  ディトリンデも俺の復活には驚いていた。頭の中は疑念でいっぱいなんだろう。  「禁忌型の勇者の弱点はなんだ?」  俺はディトリンデに訊いた。  「そりゃ、その禁忌でしょ。禁忌を破ったら死んじゃうというのだから」  ディトリンデは答えた。  「そうだ。だがこれは逆にいえば、禁忌型勇者を死に追いやる手段は禁忌を破らせることにしかない、ということである。つまり、禁忌型勇者《おれたち》は禁忌を犯さない限り、死なないということだ……」  禁忌型勇者は悲劇型勇者の一類型として分類される。それは何故か。  何をしてもどんなことをしても死なないはずの勇者が禁忌のためにあっさり死んでしまう、それこそが悲劇だからなのだ。  「禁忌型勇者に備わった、他の勇者にはない特殊な性質、それは……」  不死身だ、俺はいった。  「不死身だと!?有り得ない!!」  魔道士の声は震えた。彫りの深い甘いマスクのせいで狼狽ぶりがより滑稽に見えた。  だが、魔道士が驚くのも無理はない。何せ、死からの復活を遂げたものは史上誰もいないからだ。  人間は勿論、他の種族の中においてさえ誰も死から蘇ったものはいないのだ。神でさえ例外ではない。  生ける屍の類、あれはもとより生き返ってはいない。死んだ状態のまま活動する存在である。絶大なを生命力誇る吸血鬼《よるのいちぞく》だとて不死ではない。あれは再生が尋常ない速度で行われているだけで、再生速度を上回る攻撃を食らえばやはり死んでしまう。  それを、高度な呪文も複雑な儀式もなくあっさりと、俺は成し遂げたのだ。魔道士が驚くのも、いや魔道に生きるものとして、信じたくないのも当然かもしれない。  魔道士は体を震わせていたかと思うと、やがて、くっくっくっと笑いだした。  「ハハハハ!ならば!この私が史上初の不死殺しとして、歴史に名を刻んでやるわ」  魔道士は高らかに宣言した。第一類魔道書《きんだんのしょ》を手に構えた。そういや、こいつの名前まだ知らなかったわ、ま、いいか。  魔道士の高笑いにようやく我を取り戻したのか、辺りにいた人間は、魔道士の取り巻きのものも、結婚式の見物客も皆一様にわっと逃げ出した。ただ、ことの成り行きは気になるのか、距離を取り、地面に伏せるようにして岩陰に隠れ、こちらをうかがっている。  「禁書の力、侮るなよ。この世の理さえ変えるのだ。不死のものを殺すことぐらい何でもない!」  張り切る魔道士に、俺は手を振った、ムリムリ。  「いや、もう話は不死身とかそういう段階じゃねえよ。だって、単純に勝てないでしょ、俺に」  俺はいった。だが、魔道士はまだ何かいおうとしてる。面倒くさくなったので、俺は取りあえずの正拳をかました。  魔道士は派手に飛んでいき、教会の壁に激突、いや、壁を突き抜けちまった。中で柱に当たったみたいらしく、轟音を響かせ教会は崩落してしまった。  「あ、ああ、あんたね〜!!」  ディトリンデが血相を変えた。  「あの教会はクライネシュマルクで一番歴史のある建物だったのよ〜!!」  崩れた教会、というか元教会の瓦礫から魔道士が這い出してきた。さすがに、あの程度では死なないらしい。そういや、こいつには随分痛い思いさせられたっけ。最後はバーンと大技で決めるか。  「ぐぃじゃまぁああ」  顔を血だらけにして魔道士は何かいったが、よく聞き取れなかった。俺はそれどころじゃない、最後は連続技《コンボ》からの必殺技で〆たい。技の構成を考えるのに必死だったのだ。  決まった。ワンツーパンチから前蹴りで距離を取って必殺技、これでいい。  絶叫しながら、魔道士が禁書を掲げた。  最後に乾坤一擲の大勝負、古の魔法を唱えようというのだろう。  待っても大過ないが、俺は待ちきれなかった。魔道士の懐に一瞬で飛び込むと閃光のようなジャブを見舞った。返す刀でストレート!前蹴りを腹にぶち込み、さあ、最後は必殺技だ。  「不死鳥の羽ばたき、その目に刻め!鳳翼流最大奥義、えんじ……ん……」  ドサッ。  魔道士は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。勿論、必殺技はまだ放っていない。  「…………」  辺りを気まずい沈黙が漂った。  戦いの成り行きを見守っていた人々の視線が痛い。  「え〜」  俺は咳払いをすると、魔道士のもとに行き、魔道士を立たせて瓦礫にもたれかけさせた。  歩いてきた道を戻る。  「食らえ!炎刃・鳳凰陣」  俺の声はクライネシュマルクの大地に空しく響き渡った。 第一章 完 第二章へ続く