ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐

四章 穏やかな日々
(おお! わたし の ともだち!)
【第24話】  勇者としては二流のランプレヒトだが、商才はあったらしい。  俺たちと別れた後、あの例の剣、武闘祭で使った剣を元手に商売を始めたらしい。確かにあの剣は名剣だった。さぞかしいい値で売れただろう。この店は二ヶ月前に立ち上げたばかりらしい。  ランプレヒトの店は装身具を扱う店だった。店の中には煌びやかなアクセサリーで彩られていた。どうやら結構、商売は上手くいっているらしい。  「これでどうだい」  ランプレヒトは金貨三枚を出した。毛皮の料金というわけだ。早く帰ってほしいのがみえみえだ。  「いいだろう、手を打とう。それで」  俺は金貨ではなく、カウンターの奥に飾られた首飾りを指差した。  ランプレヒトの顔が青くなった。  「そ、それは、ちょっと・・・・・・、ディスプレイ用で売り物じゃないし、それに昨日入ったばかりで・・・・・・」  「あ?」  俺の恫喝にランプレヒトはさらに青くなった。  勇者としての力は俺のほうが上である。  収容所時代は、私闘厳禁ということもあって俺はこいつに手を出せないでいた。というか二人とも力を封印されているから暴力沙汰になってもただのオッサンのどつきあいになってしまうのだが。なもんだから、俺たち二人の諍いはほとんど舌戦に終始したのだが、ここでは別だ。いや、自由って本当に素晴らしい。  渋るランプレヒトから、俺はごく穏便に首飾りを譲り受け、帰途についた。  ランプレヒトの話では、貰った首飾りは滅多にない貴重品らしい。いわれてみれば、細工は細かく凝っている。使われている宝石《いし》も珍しいものらしい。確かに、俺が今まで見たことのない輝きだ。  金貨を受け取らず、この首飾りを貰ったのに深い意味はない。強いていえば、いやがらせである。単なる損得勘定でいえば、幾ら貴重品といえど、俺に首飾りをさばくつてがない以上、金貨のほうが得である。  意気揚々と村へ戻った俺は、首飾りをフィーネにやった。子どもには明らかに分不相応って奴だが、それもまあ面白い。  フィーネは目を輝かせ無邪気に喜んでいる。俺から受け取ると早速身につけ、村に住む全員に見せてまわっていた。その首飾りでこの村そのものが買えると知ったら、フィーネの奴、どんな顔をするのか。  俺は目を細めて、はしゃぐフィーネを見守った。  天球儀の地下では、はたらき蟻のように男たちがせわしなく動いていた。  召喚の準備におおわらわだったのだ。やるべきことは山ほどあった。だが、それに比して男たちの数は少ない。人影は全部で四つきりである。ことを極秘裏に進めることを優先した結果だ。  秘密の儀式である。この町に住むもので今ここで行われていることを正確に知るものはいないだろう。いやこの町だけではない。男たちが所属する組織のものでさえ、男たちが進める計画のことを知るものは少ない。  ただ、この地下で何かが行われていること自体は周知のことであった。男たちの存在も知られている。  ここは、この町の観光名所でもある。今も地上の天球儀の周りには人だかりができているだろう。全てを秘密裏に行うのには無理がある。それならば、いっそ堂々と何かの名目でここへ入り込み、計画を進めるべし、というのが上層部の判断だった。  公式には、サウニアル国による遺跡の調査ということになっている。なっている?いや、それは事実だ。そうアナウンスされたのなら、それは事実となるのだ。何故なら男たちは正真正銘、サウニアルに仕える官吏だったからだ。男たちはサウニアル王立魔術学院のものたちだった。  「こたびの計画、失敗は許されん」  男の一人が改めて宣言した。  男の言葉に周りのものたちも静かに頷いた。  「この計画が上手く行けば、わが祖国も昔日の栄光を取り戻すであろう。もう派遣協会などにでかい顔をさせぬ」  別の男が意気込んだ。  「奴らもこの計画を知ったら驚くであろうよ。いや、それとも憤るか。我らの計画はもともとは奴らが考えていたことだからな」  男の一人は低い声で笑った。  「それだけに計画は慎重を期す必要があろう。この計画は奴ら派遣協会ですら実行するのをためらったものなだから」  また別の男がたしなめるような口調でいった。  「臆したか」  男がいった。嘲弄の響きがある。  「何をいう。この計画に参加した時から、命は捨てたものと思っておるわ」  それはこの場にいる全員が覚悟していることであった。いざ、ことが露見したならば、おそらく上の人間に全ての責任を押し付けられ始末されることだろう。計画を実行する人間の数が少ないのにはそうした理由もあった。何か不都合があれば、ごく一部の暴走、そういうことにされるのだ。  「しかし、万が一のことも考えておくのは当然のことだ。やはり、何か理由をつけて住民を追い出してから、この町を封鎖して、ことを起こしたほうがよいのではないか?」  男たちの計画にはこの町の住民を危険にさらすものだった。だが、男が懸念しているのは住民の安全ではなかった。  「甚大な被害が出れば、それをさすがに黙らせることはできんだろう。派遣協会や他の国々にも知られることとなろうな」  男が心配していたのは、被害そのものではなく、被害が出ることによって全てが明るみに出ることだったのだ。  問いかけに別の男は首をふった。  「それこそ、そこまでしたら、たちどころに派遣協会の知るところとなるだろうよ。いや、奴らも無能ではない。調査官がこの町に潜り込んでいても不思議はないぞ」  男は他の者に注意を促した。  男たちは顔を見合わせ、何となくうすら寒そうな表情を浮かべた。派遣協会の調査官は、一般の人間に紛れ込み、調査をするという。確かに調査官の手がすぐそこまで伸びている可能性はあった。  男は不安を振り払うように頭を振った。  「そういえば、石のほうはどうだ?準備できそうなのか?」  男は話題を転じた。  男たちの粉骨砕身の努力もあって、召喚の準備はほとんど終わろうとしていた。ただ一つの点を除いて。  儀式にはある特殊な宝石が必要だった。男たちはそれを手に入れるため、文字通り東奔西走したのだった。  「何とかなりそうだ。販売ルートを追うのに苦労したがな。宝飾品としても一流の出来だったのが、救いだったな。これで見てくれが、平凡なアクセサリーだったら追跡するのは不可能だったろうな」  一流と名高い装飾品や芸術品は、販売するほうも売ってそれで終わりということにはならない。後になって、より良い条件で買い求める客が現れたり、王族や貴族が是非にと求める可能性も想定して、どこへ売ったのかの記録を残しておくものなのだ。  「それにしても幸運だったな。その石の入荷先がこの町にある店だというのだから」  男は笑った。