四章 穏やかな日々
(おお! わたし の ともだち!)
【第27話】
「お嬢ちゃん、随分ときれいな首飾りだねえ」
突如、見知らぬ男に声をかけられ、フィーネは身構えた。
父親は近くにいない。はぐれてしまったのだ。
町の中央にある奇妙な大きいもの、大きな輪がいくつもあるものだ。それに見とれている内に、父親とはぐれてしまったのだ。
広い町の中、行き交う人々は知らない人ばかりで、皆忙しそうに歩いている。心細さに今にもフィーネは泣き出しそうだった。
そこへ声をかえられた。安堵の気持ちと用心する気持ちが半々だった。父親からは知らない人にむやみ付いていかないよういわれている。
男の言葉に、フィーネは首飾りを隠すように宝石の部分を手で握った。
「大丈夫、大丈夫、取らないから。ただ、あんまりきれいだから見とれちゃったんだよ」
男は笑顔を浮かべた。
男の言葉にフィーネも悪い気はしなかった。
「ほんと?」
「ああ、本当にきれいだねえ、その首飾り。おじさんはそんなにきれいなのは今まで見たことないよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「そのままでいいから、ちょっと、ほんの少し見せてくれないかな」
男は優しげに笑っている。
フィーネはうなずいて、首飾りを首にかけたまま、宝石の部分を手のひらにのせた。
男はじっと首飾りを見つめた。
信じられん、本物だ、何でこんな高価なものを子どもが、男は驚いた様子でぶつぶつと呟いていた。
男のいっていることはフィーネにはよくわからなかったが、感心していることは伝わってきた。思わずフィーネは誇らしげになった。
だが、突如、男は豹変した。
「ガキにはもったいねえ。よこしやがれ」
男はそれまでの優しげな笑顔をかなぐり捨て、歯を剥き出しにして笑った。
男の手が伸びた。
首飾りを掴み、そのまま奪い去ろうとする男の手にフィーネは思い切り噛みついた。
痛ッ、短い悲鳴をあげ、男は手を離した。
フィーネは首飾りを抱え込むようにして、地面にうずくまった。
「このガキ、痛い目にあいてえか」
「やめないか」
その時、騒ぎに気づいた人々の中から、白い服の男が一人近寄ってきた。
他にも何人もの人間が、フィーネたちを囲むように集まってきていた。
男は舌打ちをすると、捨て台詞も残さず、足早にその場から立ち去った。
「大丈夫だったかい」
白い服の男はフィーネの無事を確認すると、辺りを見回した。
「お父さんやお母さんは一緒じゃないのかい?」
白服の男は訊いた。
フィーネはこくりとうなずいた。
そして、小さい声で、はぐれちゃったと付け加えた。
「そうか、じゃあ一緒に探してあげよう」
力強く白服の男はいった。
「皆様、この子のことは私にお任せください」
男の言葉に周りにいたものたちは半信半疑の様子だ。どうやら、あの子どもの持つ首飾りは大層値打ちのあるものらしい。新たにあらわれたこの男も首飾りを狙わないと、どうしていえよう。
だが結局、人々は男の話を聞いて男に任せることにした。
白服の男の身分は確かなものだったからだ。
男はサウニアル王立魔術学院のものだったのだ。
町に着いた俺は、まずランプレヒトの店に向かった。フィーネが宝飾品に興味を示していたというなら、この店に立ち寄った可能性が高い。というか人手も必要だ。俺はランプレヒトにも協力させるつもりだ。
イレミアスは村に待機させた。手伝ってもらうかとも思ったんだが、もしこんな時に不運がやってきたら、余計に面倒になる、そう思ったのだ。病気のこともあるしな。
シルベルがワンと吠えた。
ランプレヒトの店の前で男がうろうろしていた。
フィーネの父親だ。
「おお、あんたか」
憔悴しきった父親の表情から大体のことはわかったが、一応、これまでの事情を聞いた。
やはり、父親はフィーネとはぐれていた。村に必要な生活品の買出しを済ませたところまでは一緒だったらしい。その後、この店に向かう途中ではぐれてしまったのだという。昨日の話だ。それ以来、父親は町中を捜し回っているらしい。ランプレヒトの店にもはぐれた後、すぐに訪ね、さらに先ほどもう一度確認してきたところだという。
「わかった。俺も捜す。あんたは一回休め」
俺はフィーネの父親を伴って、ランプレヒトの店に入った。
俺を見て開口一番、ランプレヒトはいった。
「おい、やべえぞ」
ランプレヒトもフィーネが行方不明なのを心配しているのかと思ったが、違うようだ。
続けて、何かいおうとしたランプレヒトだったが、フィーネの父親も一緒なことに気づくと言葉を濁した。
一応、ランプレヒトに断って、店の奥の部屋を借りた。そこでフィーネの父親を休ませた。
ランプレヒトは父親が部屋に入ったのを確認すると切り出した。
「子どものことは聞いた。だが、それどころじゃねえぞ」
ランプレヒトはいいながら、店の商品を梱包している。店の模様替えという感じじゃない。店を畳むような勢いで片っ端から、商品をしまいこんでいる。
「何だァ、夜逃げでもすんのか?」
「そうだよ、逃げるんだよ」
ランプレヒトは明らかに焦っていた。
一体全体どうしたんだ、と訊いた俺に、ランプレヒトは作業の手を止めて答えた。
「俺たちがここにいることが・・・・・・」
ランプレヒトの体が震えていた。
「派遣協会にばれた!」
「商人には商人独自の情報網がある」
ランプレヒトは静かに語り出した。
派遣協会がうちの店のことを嗅ぎまわっている、商人仲間からそう聞いたんだ。
それ自体は別段驚くことじゃない。こうした類の店が本人も知らずして、危険のある古の魔法の器具を扱ってしまうことはあるからな。そういった危険なアイテムが紛れ込んだ店に派遣協会の調査が入るのはそう珍しいことじゃないんだ、多少驚いたものの、今回もそうだと思ったんだよ。ランプレヒトはそこまで一気に語ると一息ついた。
だけど、一応、念のため派遣協会に他に変わった動きはないか、聞いてみたんだよ。
そうしたら、この北方にある派遣協会の各支部全てから、この町を目指して兵士が秘密裏に派遣されているんだと。ランプレヒトは震える声でいった。
俺には予想がついていたがその兵士はどんな兵士だったのか確認した。俺の予想が外れればいいが。
情報では、この町に向かう兵士は皆一様に銀色の甲冑に身を包んでいたという。そして、剣でも槍でもない短筒のような武器を携えていたらしい。
短筒のような武器とは、おそらく銃だろう。
そう、ここへ向かっている兵士とは、勇者《おれたち》の天敵、保護部だった。
「保護部が来る・・・・・・だと・・・・・・!」
俺はいった。声は緊張でかすれていた。