ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐
五章 闇より来たるもの(いやー さがしましたよ。)
【第32話】  俺はやたらに長い階段を上って地上に戻った。  空は青く晴れていた。日の眩しさに目がくらんだ。  わん、と元気よく吠えたのはシルベルだ。  シルベルは扉の外で律儀に待っていたのだ。  珍しく俺はシルベルをなでてやった。  町に変わった様子はなかった。つい先ほどまでこの町の地下に魔王がいたとは誰も思うまい。  扉の近くには男が倒れていた。ここに侵入する際に出くわした白服一味だ。そういや、こいつのことを忘れていた。さて、こいつをどうしたもんか。単なる犯罪者として突き出しても、こいつは裁かれることはないだろう。王立の魔術学院の人間だ、身分だけはしっかりしているしな。  思案している最中にフィーネが起き出した。やれやれ呑気なもんだ。  フィーネはシルベルに俺に気づくと、不思議そうな顔をして、それから安心したような顔をした。  「大丈夫か、体はなんともないか?」  俺は訊いた。  フィーネはうなずくと、聞いて聞いて、といってしゃべりだした。  フィーネは自分が誘拐されたとは気づいてないようだ。それより、町で見たものの珍しさに感激していて、それを早く誰かに伝えたいようだった。  「町って変わった人もいっぱいいるよねえ。頭がこーんな盛り上がっていたり、スカートもぶわーってなってて」  田舎暮らしだ。都会の着飾った人間はさぞかし奇妙に映ったことだろう。  「あ、あの人たちも変だぁ〜」  フィーネは俺の背後を指差した。  「銀色の服、着てる。ピカピカしてる、凄ーい」  俺は振り返った。  天球儀の広場は、保護部で包囲されていた。  俺は両手を上げ、無抵抗の意思を示した。  ことここにいたっては、抵抗は文字通り、無駄な抵抗だった。  広場にいる保護士の数はおよそ二百。  派遣協会が抱える全ての保護士の内、およそ半分もの保護士が来るとは。  俺って大物だったんだな。いや俺じゃないか、イレミアスか。  おどけてみようとしたが、駄目だった。  再び檻の中に戻される、その現実が俺の心を黒く塗り潰していた。胸の内はひどく苦い。そして、それはどんどん身体中に広がっていく。正直にいえば、絶望でその場にへたり込みたかったが、俺に残された最後のプライドがそれを許さなかった。  広場はすっかり保護部に包囲され、さらにその外側に野次馬の人だかりができていた。  保護部は包囲の輪を崩さず、中から六人の保護士がゆっくりと銃を構え、こちらに近づいてくる。  剣呑な雰囲気にフィーネはわけもわからないまま、泣き出しそうにしていた。  俺は低く唸るシルベルを叱り、近づいてくる保護士に向き直った。  保護士が二人、俺の脇を抱えるように左右から腕を取った。残り四人の保護士は、銃を俺に突きつけたままだ。幼いフィーネに配慮したのか、それとも最後の情けか、保護士たちはこの場でいきなり銃を撃って、俺の能力を封印するようなことはしなかった。  「おじちゃん、どこいくの」  はてさて可憐な少女になんと答えるべきか。  「待って、おじちゃん」  「こっちへ寄っては駄目だ」  保護士の一人がフィーネを制した。  「何で、どうして。おじちゃんが何か悪いことしたっていうの」  フィーネの声が俺の背を打った。  辺りはしんと静まりかえった。  「こいつ・・・・・・、いや、この人はね、勇者なんだ。だから・・・・・・」  保護士はフィーネを諭すようにいった。  フィーネの息を呑む気配が背中越しに伝わった。  このツヴァイテルに生きるもので、勇者の恐ろしさを知らないものはいない。それはほんの小さな子どもでも例外ではない。  「ほんと?ほんとなの?おじちゃん、ほんとに勇者なの!?」  泣きそうな声だった。  俺はそのまま声を無視して、立ち去るべきだったかもしれない。  だが、俺はどうしたって勇者なんだ。自分を否定することはできない。  「そうだ。俺は、勇者だ」  俺はいった。  だが、やはりいうべきではなかった。  そのまま無視してればよかったんだ。  振り返った俺が見たのは、恐怖に怯えるフィーネだった。