ブレッド ブレイブ‐飼育勇者‐
五章 闇より来たるもの(いやー さがしましたよ。)
【第33話】  まあ、こんなもんである。勇者はこわい、そう吹き込まれて育つのだ。人々が勇者に恐怖以外の感情を持つのは難しい。  とはいえ、やはり傷つくぜ。傷心に肩を落としとぼとぼと俺は歩いた。もう虚勢を張る気力も俺にはなかった。その時、人々の間にざわめきが起きた。  俺の背後から悲鳴があがった。  フィーネの声。俺が振り返ると、フィーネはモンスターに襲われていた。  小型魔王だ。  フィーネを襲っているモンスターは、地下にいたあの小型魔王だった。  何故、と疑問に思うよりも早く、俺は行動していた。保護士を振り切り、小型魔王に正拳を打ち込んだ。フィーネを抱きかかえ、ついでにまだ倒れたままの白服一味も連れて、その場から離れた。  保護士たちも何が何やらわからぬ顔をしている。だが、これはほんの始まりだった。  その後、天球儀の扉から、ぞくぞくと小型魔王があらわれてきた。  まさか、嘘だろ。地下にいた全部が地上に出てくるっていうのか。百匹はいたぞ。  俺の予想どおりだった。その後も、小型魔王は増え続け、天球儀がある広場を埋め尽くした。  何が起こったのか、詳しいことはわからなかったが、とにかく小型魔王はどれも正気を失ったように呻き声をあげ、近づくものを攻撃している。  保護部の連中はさすがに戦い慣れしていた。突如として出現したモンスターに驚いたものの、掃討することを決めたようだ。保護部は一旦、後退し距離を取ると、改めて戦闘隊形を取った。野次馬に集まっていた奴らは、悲鳴をあげ、逃げ出している。  保護部と小型魔王たちとの戦いが始まった。  小型魔王たちは吼えながら腕をやたらに振り回した。パンチとか呼べるようなきちんとしたものじゃない。本能のまま繰り出したような攻撃だ。対する保護部は銃を連射し反撃する。百匹のモンスター対二百人の保護士の戦いだ。単なる戦闘というよりかは、戦争のありさまだ。辺りは騒然としている。  その混乱に乗じて、俺は逃げ出した。  危ないところだった。偶然に助けられたとはいえ、間一髪で俺は危地を脱したのだった。  天球儀の広場を見下ろす小高い丘の上に、俺たちは避難した。フィーネ、シルベル、それに白服の一味も一緒だ。  無事を確認する俺の問いかけにもフィーネは言葉少なだ。ただ黙ってうなずくだけである。顔色も悪い。モンスターに襲われ動転しているのだろう。それとも、俺に怯えているのかもしれない。  俺は白服を叩き起こし、問いただした。  「一体全体どうなってやがんだ、ありゃ」  俺は丘の下で戦闘を繰り広げる小型魔王を指差した。  白服はただただ驚くばかりで、言葉が出てこない。そういや、こいつずっと気絶してたから状況は把握してないんだよな。俺は手短にこれまでの経緯を説明した。  男は言葉を失った。長いこと準備してきた計画が目覚めたら、おじゃんになっていたのだ。無理ないかもしれない。だが、そんなこと俺の知ったことではない。  「あいつらどうして動き出したんだ。魂はないのだろ。というか、あいつら止められねえのかよ?」  俺は白服の胸倉を掴んだ。  「おそらく、あいつらは・・・・・・」  しどろもどろになりながら、白服は説明をした。  白服の説明によるとこうだ。あの小型魔王は本家本元のオリジナル魔王と密接な関係を持つ。それこそ魂でつながっているような一心同体のような関係なのだという。そのオリジナルに魂が戻ったものだから、その影響を受けて、魂らしきものが宿ってしまって暴走しているのではないか、ということだった。ただ、オリジナル魔王に戻った魂と違い、小型魔王に宿ったのは、あくまで魂らしきもの、である。それゆえ、小型魔王は理性も何もない不完全な存在になってしまったのだ。  「あいつらに命令して、止められないのか」  「無理だ。そもそもあいつらには、まだその処置を施していない」  白服はいった。  クソ、まずい。おそらく保護部の奴らでは小型魔王には勝てない。保護部の戦術は能力低下や能力封印などの状態異常を起こす魔法をメインにして戦うものだ。だが、対する魔王は状態異常攻撃に対して無類の強さを持つ。あの小型魔王もその特性を備えているはずだ。いずれ保護部の連中は一人残らず殺されてしまうだろう。そうなったら、この町は守るものは誰もいない・・・・・・畜生、どうする?  どさり、と音がした。  シルベルが吠えている。  後ろで、フィーネが倒れていた。  さっきの小型魔王に傷を負わされていたのか?  フィーネは倒れたきり動かない。ただ吹く風がフィーネの髪を揺らしていた。  俺は駆け寄り、フィーネを抱きかかえた。ひどく顔色が悪い。さっきよりもっとだ。  衣服をめくった。腹がふくれあがっていた。内出血だ。内臓のどこかから血が出ているのだ。畜生!痛いなら痛いっていえよな。  全身から血の気が引いていくのが、自分でもわかった。俺の目の前が翳る。フィーネの傷は致命傷だった。  「おじちゃん、ごめんね。私、おじちゃんのこと・・・・・・怖いわけじゃないよ。ただ、さっきは・・・・・・びっくりしちゃって・・・・・・」  ごめんね、フィーネはもう一度いった。  謝るのは、俺のほうだった。そもそも俺がいたずらに首飾りをやらなければ、こんなことにはならなかったんだ。  「おまえ、回復魔法は!?」  白服は首を振った。白服が使えるのは、攻撃に関する呪文だけだった。  畜生、愚図が。俺は心の中でののしった。白服じゃない。俺は自分をののしった。勇者だというのに、回復呪文の一つも使えないなんて。自分が不死身なのにかまけて、回復魔法の習得を怠った俺が悪いのだ。  丘の下で繰り広げられているはずの激闘の騒音も俺の耳にはほとんど聞こえなくなっていた。  ただ風だけが無性に冷たい。  フィーネの顔色は血の気が失せ、ほとんど白といってよい。  俺はフィーネの手を握った。  それしか、俺にできることはなかった。  「おじちゃん、泣いちゃ駄目だよ」  馬鹿が。俺が泣くかよ。  握る手に力を込めた。  「え、おまえ、泣いてんの?」  声と同時に辺りが暖かな光に包まれた。  回復魔法の光だ。  俺の後ろにはランプレヒトとイレミアスが立っていた。  「な、泣いてるわけねーだろ」  俺はとっさに顔を伏せて、いった。  「あ〜ん、じゃあ顔あげろよ」  そういってランプレヒトは俺の顔を覗き込もうとしている。クソ、これは本当に一生の不覚だ。  ランプレヒトは器用にも俺にいやがらせをしながら、回復魔法をフィーネにかけ続けている。こいつにとっては、いやがらせなんて呼吸するのと一緒なんだろうな。  イレミアスもランプレヒトを手伝い、回復魔法をかけている。  やがて、フィーネは意識を取り戻した。  「痛くない。もうおなか痛くないよ。おじちゃんが直してくれたの?」  俺は否定しようとしたが、ランプレヒトの奴、首ふってやがる。まあいい、借りといてやる。俺はうなずいた。そして笑った。  フィーネも笑った。