二章 激闘!武闘祭
(なかまに なりたそうに こちらをみている!)
【第15話】
「第六十四回三山武闘祭、優勝者は・・・・・・・・・・・・」
審判に名を呼ばれ、俺は高々と拳を挙げた。
別に脱走計画のことを完全に忘れてたわけじゃないが、ランプレヒト戦を終えた勢いそのままに、俺は結局優勝してしまっていた。まあ、でもランプレヒトの用意した伝説級の剣があったから、楽なもんだったからな。ランプレヒトとの試合の最後ドサクサに紛れ、俺はランプレヒトの剣と自分の剣を交換していたのだ。
え、不正じゃないかって。俺は別に気にしない。俺は他人が卑劣な手段で勝つのは許せないだけで、自分が卑劣な手段で勝つのは一向に構わないのである。
今回の不正は、どこぞの賭博屋に持ちかけられた話らしい。ランプレヒトは案の定、金と栄誉に目が眩んだのだった。勿論、俺たちは今はまだ闘技場内で、辺りに他の人間もいる。詳しい話は聞けず、合点のいかないことも多い。派遣協会の人間も買収されているという話だったが、それが誰なのかとか、あの冷徹で隙のない派遣協会の人間をどうやって取り込んだのかなどと疑念は尽きないが、まあいい。何せ俺は、もうここを出ていくんだからな。
この後はいよいよ表彰式だ。つまり、脱走決行の時である。
準優勝者は称えられ、イレミアスから記念のメダルを胸にかけられていた。
次はいよいよ俺の番である。
俺はガラにもなく緊張していた。
記念メダルの授与に緊張していたわけじゃない。
イレミアスが俺にメダルを渡す時、それはすなわち脱走開始の時だった。
俺たちを閉じ込める魔法障壁の破壊は、イレミアスに任せてある。俺が心配なのは、このコロシアムの各所に配備されている対|勇者《おれたち》用の特殊部隊、保護部の存在だった。
保護部は勇者捕獲を専門にする部隊だ。部隊を構成するのは保護士と呼ばれ、厳しい訓練を積んだものたちであるが、普通の人間である。そのため一人一人の能力はたかが知れている。一対一ならば、遅れを取る勇者はいるまい。だが、奴らはパーティーを組むと、その能力は一気に飛躍する。いや、飛躍とかいうレベルじゃない。全く別の存在と化す。奴らの隊形行動《フォーメーション》はそれはもう見事で、部隊がまるで一匹の生物であるかのように行動するのだ。
保護部の基本的戦術は能力低下、能力封印などの状態異常を起こす魔法(毒・睡眠・麻痺・魔力低下・体力低下などの魔法だ)、道具《アイテム》を駆使して戦うものである。完璧な隊形行動《フォーメーション》による連続攻撃、同時攻撃は、少しずつだが確実にこちらの能力を削り、気づいた時には身動き一つ取れなくさせるのだ。
さらに保護部で厄介なのは、奴らが使う特殊な武器、銃だ。銃は一般には出回っていない複雑な機構を持った武器だ。俺も詳しい仕組みはわからないが、火薬の力を使い、鉄の玉を発射する。この弾丸自体は大した攻撃力があるわけじゃない。ただ、弾には魔法が込められており、当たった際に魔法が発動する仕組みだ。
この銃の魔法攻撃の面倒なところは盾などで防げないところだ。飛来する弾自体は盾で防げても、弾が当たった瞬間、魔法は発動してしまう。
弾をかわす手もあるが、保護士としては無理に標的を狙う必要はない。例えば、相手の周囲の地面に弾を撃つだけでも、魔法を発動させることはできるのだ。こうなると、大きく飛びのくしかないが、飛びのいた先には別の保護士が待ち構えている、という寸法だ。
保護部が使う能力封印など状態異常を起こす魔法自体は、ごく低レベルのものである。俺たちが派遣の時に施される種族制限《しばり》や時間制限《タイマー》などと違って、簡単な魔法である。だから、保護部の状態異常攻撃を受けても、それを解除することはできる。ただ、それをする時間を与えてくれないんだな、保護部の華麗な連係攻撃は。
こんだけ強いんだから、勇者の代わりに派遣業務をこなしてもよさそうなもんだが、それはできなかった。保護部がその真価を発揮するのは、あくまで勇者相手に限ったことなのだ。
というのも、いった通り保護部の攻撃の肝は状態異常を起こすことにある。だが、世にある大抵の魔王は状態異常には異様な耐性を持っている。というより、魔王に状態異常攻撃なんて全く効かない。魔王を倒すには、ひたすら思いっきりシバくしかないのだ。
俺は名前を呼ばれ、我に返った。
顔を上げると、イレミアスが立っていた。
俺たちは互いに見つめ合い、頷いた。
俺は小声で呪文の詠唱を始めた。イレミアスが近づき、俺の胸にメダルをかける。恭しく頭を下げている間も俺の口は動き続けた。
顔上げ、俺は呪文を唱え終えた。イレミアスの封印は解かれた。
イレミアスは了承したように頷いた。封印解除は成功したようだ。俺は腰にあった剣をイレミアスに渡した。ランプレヒトが仕込んだ特製の武器である。俺たちは猛りもしなければ焦りもしなかった。ただ、淡々と行動を続けた。周りの人間もまだ、何事が起きたか気づいちゃいない。剣なんか渡して、何やっているんだ?ぐらいの感じである。
俺は、メダル授与を一歩下がって見ていたランプレヒトへ、近づき、奴が持っていた剣を奪った。
「お、おい、どうしたんだよ?」
ランプレヒトは怪訝な顔をした。
「まあ、黙って見てな。ていうか、その気がある奴はついてきてもいいんだぜ」
俺のひとことで勘のいい勇者はなんとなくわかったようだ。顔色を変え、辺りを見渡した。
魔法障壁に近づくイレミアスに客は沸いた。何かのファンサービスだとでも思っているみたいだ。大会には参加していないものの、イレミアスの剛勇は有名だ。ファンも多い。
魔法の見えない壁の手前まで行き、イレミアスはなにごとかいっている。客に後ろへ離れるようにいっているのだろう。初めから俺たちの耳に歓声が聞こえていたことからもわかるが、魔法障壁に防音の機能はないのだ。
だが、観客はただざわつくだけで、一向にその場を動こうとはしなかった。
ちっ、まずいな。何もたもたしているのか。あんな奴ら気にせず壁を破壊すりゃいいのに。全く甘い奴だ。
客に向かって、イレミアスはもう一度いったようだ。
無駄なことだ、と俺は思ったが、それは俺の間違いだった。
イレミアスの一言に客は潮が引くように、その場を離れていった。皆、イレミアスの本気を感じ取ったのだ。離れている俺にも伝わってくるほどの殺気だ。ただの人間に耐えられるわけもない、その場から逃げ出すしかなかろう。
さすがに、これで派遣協会の人間も気づいた。
派遣協会のものが互いに耳打ちし、足早にどこかへ去っていくのが俺の目に入った。保護部に指示を出しにいったのだろう。
物凄い轟音とそれ以上に凄まじい衝撃波が俺を襲った。
イレミアスの一撃に魔法障壁が悲鳴を上げたのだ。だが、百人の一流魔道士が一年の準備をかけたという魔法の壁は、さすがに堅牢だ。一撃で崩れ去るようなことはなかった。
イレミアスは動じることなく、二撃目を放った。
さて、俺も気合を入れなくては。間もなく保護部がやってくるだろう。
イレミアスが壁を壊している間は、俺が一人で奴らの相手をしなければならない。
この闘技場内は、魔法障壁自体が俺たちの逃亡を防ぐ檻ともなっているから、ここに配置された保護部は少ないはずだ。何とかなるだろう、いや何とかしなくては。
イレギュラーな存在として、他の勇者どもが気になるところではあったが、それは気にしないことにした。他の勇者も派遣協会には反感を持っているだろうし、自由にだってなりたいだろうから、俺たちの邪魔をすることはないだろう。ただ現時点では積極的な協力も期待しづらい。結果、脱走が失敗に終わったら、待つのは懲罰だからな。勇者たちが動くとすれば、事態がもっと決定的になってからだろう。
そんなことを考えている内に、保護部が闘技場の入口にあらわれた。