二章 激闘!武闘祭
(なかまに なりたそうに こちらをみている!)
【第16話】
俺は一気に保護部へ駆け寄った。
ここからは何よりも冷静さが必要だ。俺の目には円形の闘技場全体の風景が映った。
客は騒ぎに気づき騒然としている。ただ反応は人によりけりである。おびえ混乱し、逃げ惑うもの。あるいは野次馬根性丸出しでその場に留まるもの。その反応は人それぞれだった。
闘技場の入口から進入してきた保護部は全部で十二名。俺の読み通り、この近くにそれほどの人員は配置されていなかったらしい。本来なら六人一組の小隊が三組の計十八人で、奴ら保護部は行動する。
保護部は扇形に陣形を変化させた。扇の左右両端から銃弾が発射された。これはまだほんの牽制に過ぎない。将棋でいえば、最初に歩を動かしただけだ。
俺も軽くかわす。俺の動きを保護士たちは読んでいたようだ。俺が移動した先に銃弾が先回りするように飛んできた。また、かわしていてはタイムロスだ。何より、それは向こうの予想の内だろう。次はもっと厳しい攻撃がくるはずだ。俺はいちかばちか、銃弾に剣を斜めにかざした。剣で防ごうというのじゃない。剣で弾をそらすのだ。銃弾は俺の剣に当たるとその軌道を変えて、斜め後ろに飛んでいった。少しでも剣を構える角度を間違えると上手くいかない。さすがは俺。歓声をあげるものもいないので、俺は自分で自分をほめた。
だが、俺の精妙な剣技にも保護部は全く動揺する様子もない。今度は、地面に当たるよう撃ってきた。これは防ぎようもない。普通ならいったん後ろに下がるしかないが、それをしていてはジリ貧である。騒動が起きたばかりで部隊の人数が少ない今がチャンスだ。時間が経てば応援の部隊が駆けつけるだろう。ここで賭けに出るしかない。
俺は魔法を食らうのを覚悟でそのまま前へ距離を詰めた。もし、この魔法が一撃でこちらを決定的な劣勢に追い込むようなもの(睡眠とか麻痺とか)で、なおかつ俺がその魔法に抵抗《レジスト》できなければ、そこでゲームオーバー、脱走は失敗である。といってもそうはならんだろ。俺は楽観的に考えた。睡眠や麻痺の魔法は成功率は低い。そもそも、確実性をモットーとする保護士がこの時点でそうした魔法を使うとは考えづらい。初弾はおそらく攻撃力低下か速度低下の魔法だろう。
魔法の銃弾が着弾した。魔法が発動する。少し力が抜けるような感覚、攻撃力低下の魔法だ。
俺は吼えた。なめんなよ。多少、力が落ちたところで、おまえらくらい一発で仕留められる。
俺は一番近くにいた保護士の頭を掴むと、そのまま吹っ飛ばした。ストライク!飛んでいった保護士は他の保護士二人にぶつかった。そして、そのまま三人とも地面に崩れ落ちた。
俺は右手側にいた保護士に向き直り、剣を走らせた。血しぶきをあげて倒れる。腕を切っただけである。致命傷ではないが、それでも呻き声一つあげないのはさすがだ。殺さなかったのは、怪我を負わせたほうが治療に人員を割かれる分、こちらが有利になるからだ。別に人命を尊重したわけじゃない。
凄まじい音が辺りに響いた。続く衝撃波。そして、俺は確かに風を感じた。外の世界から流れる風を。
魔法の障壁が破壊されたのだ。
魔法の壁は、それまでは見えない壁だったが、砕ける際に物質化していた。イレミアスの目の前に粉々になったガラスのようなものが見えた。
保護士の動きが止まった。いつも冷静な機械みたいな連中が驚いていた。
俺はそれを逃さず、剣を振るった。四人を戦闘不能にした。もう、ここはこれで充分だ。保護部は他にもいるのだ。後は相手せずスタコラと逃げるに限る。
「イレミアス!」
俺は叫んだ。
イレミアスはうなづくと壁の向こうへ踊った。俺も続く。とその前に・・・・・・。
「おい、おめえら!!お前らも逃げるなら今のうちだぜ」
闘技場内にいた勇者たちに声をかけた。
そっけない物言いだが、本当はこいつらには俺たちに便乗してほしかった。騒ぎが大きくなれば、それだけ俺たちが逃げおおせる可能性は高くなる。
俺の言葉にはっとするようにすると、勇者たちは一瞬で覚悟を決めた。さすがに決断は早い。次々と俺たちに続くように壁を乗り越えていった。
客席から通路に進入した俺たちは、そのまま出口を目指した。通路は混乱した観客でごった返していた。俺たちは人ごみに隠れるようにして進んだが、危険人物扱いの勇者である。行く先々で人々は悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す有様だった。
「ていうか、何でついてくるんだよ!」
俺はいった。俺の後ろにはランプレヒトがいた。
「仕方ねえだろ。おまえ、俺の武器持っていったじゃねえか」
てめえ、それ返せよ。とランプレヒトは主張した。
ふざけんな、この状況で武器ナシなんて、自殺行為だ。保護部はまだ、そこらに多数いるはずである。
といってるそばから、保護部が行く手を阻むかのように前方にあらわれた。とはいえ、こっちにはイレミアスがいる。安心していたが、後ろからも保護部が追いついてきた。挟み討ちはきつい。前にいるのはイレミアスに任せるとして、追いついてきた奴は俺が相手するしかない。
おまえも手伝えよ、俺はランプレヒトにいって、剣を構えた。
ん、心なしか、剣が軽くなっている気がする。
いや、気のせいじゃなかった。
俺の手に握られた剣は、今この瞬間もぼろぼろと腐り崩れ落ちている。
武器を破壊する赤錆《ロスト》の魔法が発動しているのだ。
ぬかった。派遣協会は用意周到だった。脱走に備えて、武闘祭で使用する武器にあらかじめ魔法をかけていたのだ。おそらく、魔法は魔法障壁の外に出ると発動するようにしてあったのだろう。
俺は空しく自分の手を見つめた。そこには、錆びて粉々になった鉄くずしかなかった。
保護部の連中が迫ってくる。
無手のままでは敗北は必至である。
俺たちの脱走もここまでか、俺はがくりと頭を垂れた。